チラシの裏にでも書いとくぜ!

書籍化までされたこのブログ。文章力が認められ日本盤ライナーノーツでの執筆、全国誌で長期連載するようになって完全に手を抜いている感が漂っているブログ。

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2018.11.05 Monday

ZONE-B10周年おめでとうございました!皆様ありがとうござました。

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    この前の土曜日、11月3日(土)早稲田ZONE-B10周年記念でワンマンやらせてもらいました。

    ありがとうございました。みんなに、みんなに、関わった全ての人達に感謝。ありがとうございました。

    掘り出し物CD"FROM WATTS TO ETERNITY"108枚限定は売る為ではなく見るために持参。

    ワッツがその歴史にピリオドを打った直後に配布したんだよ。当時マジな気持ちだった。

    今歌ってもこのリリックは新鮮だ。ライミン’の出来も個人的には良い。これには思い入れもある。

    しかしこの日一番の目玉はナナ御手製のツクネバッヂ。10個作っ速完売。

    ナナは優しいから(俺以外には)本気で愛情込めて作っていると思う。そういうやつだから。

    そして岩さん、フジーの写真も愛を感じるよね。持っていきたくなるよね・・・ただね

    写真は持って行っていいとは書いていなくて、今回はすべて回収する予定だったんだよ

    前回の都内ワンマンO-WESTでは写真持ち帰りOKだったからね。しっかりアナウンスすれば良かったね。

    けどさ、何がうれしいってさ、写真を欲しがってくれるファンの皆様の気持ち勿論ものすごく嬉しい

    それと同じように、最終的には「欲しい写真あげるから声かけてね〜」と切り返せる岩さんとフジー

    そこが写真を引き伸ばして、運んできて張るんです。経費も労力もかかっているあの展示写真を

    「そりゃあ欲しくなるよね」と持って行ってもいい事に頭を即座に切り変えれる私の二人は誇りです。

    今度、岩さんとフジーに一声かけてやってよ!差し入れならグリーンラベル(笑)

    ワッツっていってもいまいちピンと来ない時代だよね。生き残りもどんどん減っていってるしね。

    いいの、いいの、それはそれでさバンド続けてる奴やライブハウスに居続ける奴がべつに偉い訳じゃないからさ

    ギグアンティック(渋谷、今はない)アンチノック(新宿/当時高かった)に飽きたのか

    高円寺ギアや20000Vに入り辛かったのか新宿ジャムやACBはパンクじゃないような感じしてたし

    って事で激安の西荻ワッツに流れ着いたんだよ俺たちの場合は。正直。ワタルさんが西荻、西荻言い出して

    俺達も「やっぱ西荻っしょ!」ぐらいに言っていたけど住んでもいないし遊ぶ街でもなくライブするだけの街だった

    そこは正直に。打ち上げとかでは吞んだけど。だから西荻って町いうよりライブハウス・ワッツに思い入れがあった

    10代の頃にやっていたTHE JAPSでも西荻で企画をやっていた。俺、メンツ覚えてるもん。

    弐拾九、グロウルストライク、心の銃、サイドバーンズ(大阪)

    来るはずだったザ・ホウクスとフォー・メンはキャンセルになったんだよ。最初のワッツ企画だね。

    それからすぐにTHE JAPSは解散して。THE AVOIDEDで歌を歌わせてもらったんだよ。

    最初こそムーヴメントの名残で渋谷アンティックとかでやったけど直ぐにワッツに落ち着いたんだ。

    1998年。20年前かよ(笑)散々やったよワッツで。クラックスとレジストレーターズと3バンドとか

    レディオ・シャンハイを呼んだりしたよね。否、それよりエンブレムスだったな印象は。

    バブルス初めて見たのもワッツだわ。衝撃的だったよセンスが爆発していた。みんなそうだったよ。

    当時はサイコビリーが爆発していた。クラブチッタ2日間超満員だったからね。睦さんのバンドに

    ものすごい衝撃をうけた、クラックスなんてトラウマレベルだった。悔しいって気持ちが追い付かないほど早かった。

    俺達はワッツだった。新しい世代も次々に生まれてきていたんだ。その頃は今の状況は見当もつかないよね。

    そんなワッツにプリズナーもギリギリ間に合った。THE AVOIDEDでほんの少しチヤホヤされたのか

    前売りを売る努力もしたことがなかったけど、自腹も切らなかった。ノルマをかけられなかったんだ。

    それはリーダーやメンバーの尽力のおかげだけど当時の俺は解らなくて。解ろうともしなくてね

    自分で「今に見てろこの野郎!」ってバンドはじめてもさ。フライア一つ作ったことがなくてね実は。

    文句ばかり言っていたけど、何一つできなかった自分でも全部自分でやり始めなきゃいけないわけ

    直ぐにリリースできると思っていたけど断られて断られてだったからね。俺は守られていたんだよ。

    そんなことも知らずにイキがっていたってことだ。それからすべての言い訳を捨ててすべてに向かい合ったよ。

    ホームページもできない。フライアもつくれない。リリースもできない。歌詞もかけない。曲も作れない。

    それじゃあ駄目だったんだよね。「俺、不器用でバカなんで」っていつも言っていたけど、この時期からだよ

    そのたぐいの言葉を捨てたのは。「分らんけど」って言葉も止めた。憶測や思い込みで話をしなくなった。

    そんな時にZONE-Bは俺達を出演させてくれたんだ。平日の夜や土曜の夜に。ノルマは5枚だった記憶。

    5枚でも必死だったよ。出来れば10人呼びたい、15人呼びたいって、手売りすることは恥ずかしくなかった。

    お客様が何人でも勿論全力でライブするけど、見てもらうことにも全力で取り組む姿勢を叩き込まれたのはワッツ。

    パンクバンドは横に広がるわけでもなく、上に伸びるものでもなく、前に進むもの。そう教えてくれた

    那須さん(SO-CHO PISTONS)のエイトビートの様にさ。前に進んでいくんだよ。前にね。

    うまく立ち回れず、人に食われて、踏みにじられてもいいんだよ。一見、損している役回りで

    社会の負け犬、シーンの汚物でいいんだよ。誰に何言われたって重ねてきた結果は必ず出るもんだから。

    ザ・プリズナー、そんな気持ちでやってきたように思うんだ。今やっとスタートラインに立ったんだよ。

    つづく

     

     

     

     

     

     


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    2018.11.14 Wednesday

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